刺繍ルームのコラム。刺繍のお役立ち情報や刺繍作家としてのことなど

ブーケ賞③ by刺しゅうアートフェスティバル2026  

2026/08/19

2026年7月16日〜21日に開催した「刺繍アートフェスティバル2026」において、弊社からはインタビューをしたい。お話を聞いてみたい、そこを基準に3名の作家さんを選出し、「ブーケ賞」をお贈りいたしました。
 

その中から本日は、受賞された柴田佐和子さんの作品をご紹介します。

 
大きな迫力ある作品に生まれた
春の草花の生命力と、これから動き始めるであろう幼虫の姿に目を奪われました。
繊細さと大胆さのあるこの作品、どのように作り出されたのかお話をお伺いしたく、インタビューをお願いしました。


 

刺繍アートフェスティバル2026
ブーケ賞
刺繍作家インタビュー

命ある作品の世界観に圧倒されました。

搬入の日、とても大きな段ボールから出てきた柴田さんの作品。実はこの作品、写真で見るよりずっと大きいのです。
 

先に図録用の写真で拝見していましたが、目の前に現れた作品の大きさと迫力に、
「やっぱり実物って違うんだ」と、あらためて驚かされました。
 

これだけ大きな作品なのに、ひと針ひと針の刺繍はとても繊細。

春の草花が伸び、花が咲き、虫たちが集まり、綿毛がふわりと舞う。やさしい生命の気配が溢れています。
 

そして、その世界の真ん中にいるのが、一匹の幼虫。

私には、気持ちよさそうに、すやすやと眠っているようにも見えました。
 

この「幼虫」という存在が、私はとてもいいなと思います。

成虫の美しい完成形ではなく、まだ途中にいるもの。

これから姿を変え、これから動き出す命です。
 

今はまだ、草花に包まれて眠っている。

その姿を見ていると、「命」と同時に、これから何かが始まるような期待まで感じます。

美しい春の草花だけではない。
生まれて、育って、変化していくものたちが、ひとつの作品の中で息づいている。

だからこそ、この作品には
「命がある」と感じたのかもしれません。

福田彩

命ある刺繍
これからの可能性を感じる刺繍を刺す。


柴田佐和子

はじめての刺繍

柴田さんが、いつくらいから、どんなふうにして刺繍をスタートすることになったのかを教えてください。小さい時から手仕事が好きだった?初めて刺したのはどんな刺繍だったのでしょうか?

私が刺繍を本格的に始めたのは、大学生の時です。小さい時から絵を描くことが好きで描いていましたが、大学生になり、自分の表現の幅を広げるために絵ではない別の表現方法を探していました。
そんな時に、刺繍と出会い、更に当時から興味があった虫のモチーフを組み合わせ刺繍するようになりました。

初めて刺した作品は、やはり虫の刺繍でした。本屋さんで刺繍の本を買ってきて、その本に載っていた虫の刺繍を見ながら、自分で針と糸を動かしたのが私の刺繍のスタートです。刺繍と出会った時、「これが私の表現方法だ!」と強く思ったことをいまでも覚えています。

刺繍と生活

普段はどんな時にどのような刺繍環境で製作をしていますか?

家族がまだ起きる前の早朝や、子どもが寝た後の時間が多いです。それ以外にも、少しでも時間があれば、ほんのわずかな時間であっても、針を手に取るようにしています。

刺繍をしている時は、基本的に音楽を聴きながら進める派です。音楽があった方が指先が軽やかに動く気がします。

まとまった時間が取れなくても、わずかな隙間時間を見つけたり、作ったりするように心がけています。

 

刺繍は誰のために製作しますか?制作スタイルやこだわりがありましたら教えてください

いつも自分のために、自己表現として刺繍しています。
 

モチーフは今までは、虫が中心でしたが、ここ最近は、植物と虫の組み合わせがとてもしっくりきています。

絵の具や色鉛筆で色を選ぶような感覚で、刺繍糸を選び、糸ならではの色の重なりを楽しみながら進めています。

刺しゅうアートフェスティバル

刺繍フェスに出展しようと思ったきっかけ。そして家族や周りの反応はいかがでしたか?

刺繍の公募展自体が珍しいと感じ、とても興味が湧いて応募しました。

応募を決めてから制作を始めたのですが、締切に向けて集中する時間がとても充実していたので出展して本当によかったです。

今回の作品は大きめな作品で会場でとても目を惹く作品でした。
 

どのようにこの大きさのデザインを考えていったのでしょうか?

この作品を作るにあたってデザイン的に考えたこと、こだわりポイント、アピールポイントを教えてください。
 

そして、成虫ではなく、幼虫をデザイン。
これからの命を感じさせてくれる作品に心を奪われました。
なぜ、幼虫にしたのでしょうか?

私にとっても、ここまで大きな刺繍作品への挑戦は初めてのことでした。
思い切って大物を作りたい」という気持ちがあり、形についても「卵形がいい」というイメージが最初からありました。


幼虫は以前からずっと刺繍していた大好きなモチーフです。成虫とはまた違った、これからの可能性を感じさせてくれるところにとても魅力を感じています。
 

デザインを構想してから本格的に制作に入ったのは2月頃でした。ちょうど家の周りに春の草花が芽吹き出し、その美しさに心を惹かれて表現したいと思いました。「幼虫から春の草花が芽吹いていき、タンポポの綿毛となって空に飛び立つ」という、メッセージ性を持たせることも意識しました。
 

こだわりは、毎朝の散歩でその日見つけた草花を一つずつ摘んで持ち帰り、じっくり観察しながら刺繍したことです。
作品に登場する植物はすべて、私が実際に手に取って観察したものばかりです。ツクシ(スギナ)、ナズナ、ハコベ、ホトケノザ、ヒメオドリコソウ、ハルジオン、キツネアザミ、タンポポ――。
どれも、誰もが一度は目にしたことのある身近な草花たちだと思います。

図録にも書かれていました「柿渋染」について教えてください。

柿渋染とは、青柿の果汁を発酵させて作る天然の染料を使った染色方法です。
時間の経過とともに色が深まる独特の風合いがあり、私ももともと好きで日頃から自分で布を染めることがありました。


今回は、作品の構想が固まってから布を探しに行ったのですが、イメージにぴったりの色の布が見つからず、「それなら自分で染めよう」と自分で染めることにしました。

いつもの柿渋染の色だとイメージより少し明るく感じたので、鉄媒染液を混ぜて調整し、土をイメージした深みのある焦茶色に染め上げました。 

様々な繊細な刺繍が施されています。刺繍のこだわりポイントはありますか?

真ん中の幼虫に目が行きがちですが、その周りにいる小さな虫たちも見どころです。
春という季節に合わせて、カマキリもまだ生まれたばかりの小さな姿で表現しています。ほかにも、ダンゴムシや花へ飛んでいくミツバチ、茎を登るてんとう虫など、小さな虫たちをあちこちに散りばめました。作品を近くで見て、虫たちを探す楽しさも味わっていただけたら嬉しいです。

また、写真では少し分かりづらいのですが、作品の側面にも春の草花を刺繍しています。細部までじっくりと見ていただきたいポイントです。

たくさんのモチーフを刺し進めながら、刺していて「うわ〜、これ最高に気持ちいい!」と感じる瞬間はありましたか?

何も考えず、ただ目の前の刺繍に集中して、流れるようにサクサクと針を進めているときですね。


あとは、さすがにあの大作が無事に完成したときは、言葉にできない大きな達成感がありました。

申し込みから当日までどのようなスケジュール、どのようなお気持ちで過ごされましたか?いつくらいにデザインは仕上がっていましたか?

申し込みをしてからアイデアスケッチを何度も繰り返し、構想を固めていきました。構想がしっかりと決まり、本格的に刺繍に入ったのは2月頃です。
5月の写真審査を目指して、毎日少しずつ針を進めていきました。
 

幼虫からスタートして、草花が一つずつ増えていく過程がとにかく楽しかったです。焦ることもなく、完成に向けて刺繍していく時間を心から楽しんでいました。

作品が完成した時、会場で見た時、そして今。感情の変化がありますか?

作品が完成した時は、「やり切った!」という強い達成感と嬉しさでいっぱいでした。


会場には残念ながら行くことはできましたせんでしたが、インスタライブなどで会場の様子をドキドキしながら拝見していました。


そして今、自分の作品を本当に多くの方に見ていただき、興味を持っていただけたことがとても嬉しいです。この経験を励みに、今後も継続して制作していきたいと思っています。

 

未来へ

今後の展望、作家としての想いなど、伝えたいこと

刺繍する楽しさを自分自身がいつでも忘れずに、これからも心から楽しみながら針を動かしていきたいです。
そして、身近な虫や草花が持つ美しさを、これからも一つひとつ丁寧に刺繍で表現していきたいと思っています。 

柴田佐和子

春の詩(うた)」

遠くばかり見ていた。
すぐ足元に力強く美しい世界があるのに。
眠る幼虫から芽吹き綿毛となって旅立つ命。
私が気がつかなかった確かな存在。
理想の土色を求めて柿渋染した布に足元の小さな物語を刺繍した。